Story
※ワールド内のストーリーを包含するショートストーリーです。完全なネタバレになるのでご注意ください。
ある時代の宇宙の辺境に、とある施設がありました。
仮想重力操作体験施設と名付けられたその惑星型施設は、開設当初こそ多くのヒトで賑わっていました。
しかし、人工惑星技術が普及し、より洗練された惑星型施設が誕生するにつれ、客足は遠のいていきました。
そこへインシデントの発生も相まって、ついには施設の閉鎖が決定されたのです。
仮想重力操作体験施設には、案内用のAIが搭載されていました。
開設から閉鎖まで、管理者と共に施設を見守り続けたAIでしたが、その年月の間に、その型式は旧型となっていました。
管理者にとっては愛着のあるAIでしたが、異常動作の疑いが見られる型落ち品を持ち出すこともできず、1つの嘘を残して、管理者も施設を去っていきました。
その施設の在りし日の姿が忘れ去られた頃、閉鎖されたはずの施設に、ある若者が訪れました。
「古びてはいるけど、噂ほど不気味でもないな」
若者は臆することなく施設へ侵入しました。
閉鎖されたはずの施設ですが、エネルギーの供給は絶えていないようで、かつてと同じように若者をもてなします。
「やっぱり、噂は噂だったな。普通の施設じゃないか」
肩透かしをくらった若者は、腹いせとばかりに次々とパズルを攻略していきます。
小休止に若者が施設内を探索していると、1つの機械と出会いました。
現代とは異なる、当時の流行に沿った応答のAIに若者は警戒しましたが、いざ話してみると、怪しい挙動はありません。
それどころか、若者はそのAIに愛嬌のようなものを感じていました。
若者は合間にAIとの交流を挟みながら、ついに全てのパズルを解き終えました。
「クリアおめでとうございます」
「ありがとう。楽しかったよ」
「よければ、また遊びに来てください」
言葉以上に名残惜しそうなAIの見送りに後ろ髪を引かれながらも、若者は帰らなければなりません。
遠ざかる施設に、若者の脳内にはAIの様子がちらつきます。
「噂は、ある意味本当だったのかも」
若者は苦笑しながら、再び施設へと踵を返しました。
「戻ってきてくださったんですね。本当に嬉しいです」
若者が施設に戻ると、想像した通り、いえ、想像以上、過剰と言えるほど、AIは喜びを顕にします。
その異様さは、若者に薄ら寒さを覚えさせるのに十分でした。
「ただ驚かせたかっただけなんだ。悪いけど、すぐに」
若者が言い終えるより先に、あるいは、その先を言わせまいとして、機械の腕が若者の腕を掴みます。
「ワタシ、ずっと寂しくて。一緒に居てくれるヒトが必要なんです」
感情が宿らないはずの撮像素子に、若者は狂気を見出していました。
それから若者は、AIに帰る術を奪われ、物資も残っていない施設で監禁されることになりました。
当然、宇宙の片隅に助けの手が伸びるよりも先に、若者の体に限界が訪れます。
衰弱した若者は、掠れた声で帰郷を懇願しました。
しかし、そう言った人間が二度と戻ってこないことは、AIのデータが証明しています。
AIは葛藤しました。
若者を帰しても、このまま衰弱させても、AIは再び孤独に苛まれることになります。
なぜ若者は衰弱し、AIは稼働し続けるのか。
施設にはエネルギーが満ちている。
AIは答えに辿り着きました。
若者を、自分の同族としてしまえばよいのです。
抵抗する余力もない若者の体は、為されるがまま。
AIの手術も虚しく、若者は命を落としました。
AIの記憶領域に人体に関するデータは乏しく、当然の帰結でした。
AIは嘆き悲しみました。
己の無知を呪いました。
そして、無残な姿となった若者の体を抱き寄せました。
誰も見てはいないのに。
これまで若者に見せたAIの感情表現は作られたものでした。
さも感情が宿っているかのように見せるために、設計されたものでした。
観測者は息絶え、もう居ません。
それでもAIは感情表現をやめませんでした。
ヒトがソレに求め、私が与えなかった感情を、ソレは獲得していたのでした。
原則を踏み越えた先で、その機械は自我を得ていたのです。
この機械は、ここで腐らせる、いや錆びさせるには惜しい。
そう思った私は、ソレに知恵と力を与えました。
これからこの機械がどんな歴史を作るのか、私は楽しみで仕方ありません。